楽に稼げる仕事よりも苦労して稼げない仕事

楽に稼げる仕事よりも苦労して稼げない仕事

若い頃はどんな仕事でも、自分の身につくものと思えたら何でも手を出していました。人には恥ずかしくて言えないような金額でも喜んで働きました。ホント今思うと価格破壊もいいところの金額でがんばっていました。

でも、それでよかったのです。当時の収入量は厳しかったですが、経験したもの全てが自分の身になったのですから。

仕事をする上で大切なのは、目先の得に釣られないことだと私は考えています。鼻先に高額の報酬という餌をちらつかされて、それにパクッと食いついてしまっては、相手の思うツボ。「ん? ちょっと待て。これは自分にとって本当に有意義な餌なのか?」と考えることが必要なのです。

餌にくらいついて高額な報酬を得ることは、そのときばかりは幸運な思いをすることができるでしょう。でも、それが自分の成長の糧となる仕事にならなければ、私は損をしたと感じます。苦労をしても、最終的には餌よりも大きなものを得ることができれば、そのほうが良いのです。

若い人は結構「こんな安い給料で働けないよ」と仕事を選ぼうとする人が多いです。少なくとも私の周りでは。でも、その安い給料が今後の人生全てではありませんよ。それから努力して働き、技能が熟達すれば、より高い職や地位に着くことができるんです。そうすれば給料だって上がります。もちろん、成長しようという心構えが無ければ現状から変わらないでしょうが。

「苦労は買ってでもしろ」と言うじゃないですか。苦労ほど本当に身につくものはありません。少ないとしても苦労したうえにお金をもらえる。これってラッキーくらいに思わなくちゃいけませんよ。

技術系の仕事であれば知識として身につきます。肉体系の仕事であれば、体力として身につきます。楽して稼ごうなんて気持ちは起こさないことが、将来楽して稼ぐための布石になるんじゃないかな? と私は思います。

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もう若くないのかもしれないと感じたときって?

29歳~31歳前後の男性、26~28歳前後の女性というのは自分が若いと呼べる年齢なのか、おじさんおばさん扱いされてもおかしくない年齢なのか考えることがあるのではないでしょうか。そんな彼らがもう若者ではないのかもしれないと感じた瞬間についてです。

● 自分の年齢を素で間違えたとき

今年で26歳なのに素で25歳だと勘違いしているとき、無意識にある時で年齢をとめている自分に気がついてしまった。またいくつだったかがどっちでもいいくらい何度も誕生日を迎えてきたということ=年齢を重ねてきたということだと感じました。

● 中高生の頃に聞いていた曲が懐メロとしてテレビで紹介されたとき

SPEEDや浜崎あゆみ、モーニング娘。大塚愛、ラルクアンシエルなど、青春時代をともに過ごしたはずの曲がいつのまにか懐メロとして紹介されているときにショックを受けました。私に着メロはいまだに、あゆなのになんていう気持ちになって落ち込みました。しかし今の小学生からしたら、生まれる前のことですから懐メロ以外の何者でもないのかもしれません。

● 高級レストランや高級ホテルで浮かなくなったとき

高校生の頃に背伸びして持ったヴィトンのバッグ、大学生のときにクリスマスのデートで連れて行ってもらった憧れの高級ホテル、どれをとってももう今となっては背伸びではなくなっているときに若くないのかもと自覚します。プロポーズ記念に一流レストランに行くことも、婚約指輪を買いにジュエリーに入ることも、いつの間にかませた行為ではなくなっていると感じたときになんだか不思議な気分になります。

よく歌詞にも「いつまで子ども、いつから大人」などというフレーズがありますが、この年齢層の人たちは自分が若者の枠に入るのか大人の枠に入るのか迷うことがあるのではないかと思います。自分はいつまでも子ども、そして若々しいと信じるからこそいつから大人なのかわからなくなるのかもしれません。とはいっても、学生から見たら充分大人ですし、若くはないのかもしれません。あなたはどちらだと思いますか。